特集論文:持続的なまちづくりと交通

環境自治体会議 環境政策研究所 上岡直見(2006.7)

 2006年5月に発表された2004年度の温室効果ガス排出量は13億5500万トン(二酸化炭素換算)と前年を0.2%(エネルギー起源二酸化炭素については0.1%)下回ったものの、基準年からは8%増と、依然として6%削減には厳しい状況である。特に、業務、家庭と交通部門における基準年からの排出量の伸びが喧伝されているが、いずれの部門でも単なる精神的な省エネではなく、都市や建築物の構造面での対策が必要である。交通部門については各地域の都市構造も踏まえ、公共交通手段の多様化も求められる。そうした視点から、一層の対策が必要な交通部門の対策について、持続的なまちづくりに都市経営という視点も加え、事例とともに解説する。
 

◆ 私たちの暮らしとCO2

 図1は、国内の平均的な一世帯あたり、家庭でのさまざまな用途(暖房・冷房・給湯(主に風呂)・厨房・照明と動力(冷蔵庫など)・乗用車・廃棄物・水道)別に、どのくらいのCO2を排出しているかを示す。全国平均では世帯あたり年間に約5.5tのCO2を排出している。ここで、暖房〜厨房までは、たいていガスや灯油などをエネルギー源とした熱の利用である。次の照明と動力は、ほとんど電気の使用と言いかえてもよい。自家用乗用車はガソリン(一部は軽油)を使用する。そのほかに廃棄物と水道に起因するCO2が若干を占めるというのが全国平均でのパターンである。


図1 平均的な世帯の用途別CO2排出量
(出典:国立環境研究所温室効果ガスインベントリオフィス http://www-gio.nies.go.jp/index-j.html

 この現状を踏まえ、どれだけCO2排出量を削減することができるだろうか。対策の検討にあたっては、過度な節約行動を想定しても、実効性が乏しい。あくまで現実的な範囲での節約行動を想定する必要がある。一般に提唱されている“省エネ行動”によって、どのくらい減らせるのか、標準値として推定されるものは、図2のとおりである。この図においても、CO2排出量の削減に資する行動としては、乗用車にかかわる項目の影響がきわめて大きいことがわかる。


図2 平均的な世帯のCO2削減可能量
(出典:深澤・外岡ほか エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス報告より)

 

◆ まちの構造と交通CO2

 数字的には確かにこのように試算できるが、現実に「乗用車の利用を控える」という行動は簡単ではない。地方都市を中心に、公共施設、オフィス、商業施設、福祉施設等などの郊外立地に伴う都市の拡散が進行しており、いわゆる「乗用車がなければ生活できない」状況が今も広がっているからである。
2005年10月から、環境省で「地球温暖化対策とまちづくりに関する検討会」がスタートし、2006年6月までに6回が開催された(環境省ホームページ「地球温暖化対策とまちづくりに関する検討会」 http://www.env.go.jp/council/27ondanka-mati/yoshi27.html)。そこで、岡山大学の谷口守氏は、まちの構造と環境負荷の関係について、次のように述べている。

 最近までは「まちづくり」や「都市構造」と環境負荷の関係は政策的に議論されることはほとんどなかったといえる。もちろん特定工場など主要排出源への着目や、個人のリサイクル促進といった観点から環境負荷に対しては数多くの検討はなされてきた。また、自動車等の移動発生源に関する問題も、渋滞の発生を如何に防ぐかということに政策の興味が集中していたといえる。これら現在までの多様な取り組みにおいては、極論すれば都市構造はあくまで前提としての扱いでしかなかったといえる。

 同検討会では次のような議論がなされている。都市機能の拡散が、交通・家庭・業務部門のCO2排出量に影響を与えている。交通部門については、DID(注1)の人口密度が低い地域ほど1人あたりのCO2排出量が増加する傾向にある。また業務(オフィスや商業施設)についても、拡散した都市では郊外にまとまった土地を確保しやすい等の理由から、商業施設等の床面積が拡大する傾向にある。

 自動車が本格的に普及する前の1960年代では、地方の中小都市を含めてDIDの人口密度が100人/ha程度で、都市による相違がそれほどなかった。しかし現在は、都道府県庁所在地の問でも、住民1人あたりの運輸旅客部門のCO2俳出量は最大で約3倍の開きがある。都市の構造をふたたび変えてゆくことにより、CO2の排出量を減らすことができる可能性があるとしている。

 なお家庭部門についても、現存する平均的な住宅では、一般的に戸建て住宅は集合住宅よりもエネルギー性能が悪い(世帯あたり、あるいは居住者数あたりのエネルギー消費量が多いなど)。戸建て住宅の比率と、都市の拡散の度合いには一定の相関関係がみられる。

 実際のデータとして、DIDが存在し、かつ鉄道駅が存在する国内の全自治体について、DIDの人口密度と、1人あたりの交通旅客部門のCO2排出量の関係を図3に示す。なお実際には、単にDID人口密度だけの関係ではなく、@ 港湾都市であるか(都市の片面が海に面し物理的にスプロール化が制約される)、A 戦災の経緯があるか(旧市街の構造が破壊され自動車型の都市が形成された)、B 都市計画道路の延長kmが多いかなど、いくつかの要素が指摘されているが、DID人口密度は、主な要素の一つとして関連性があることを示している。

図3 DID人口密度と人口あたり乗用車起源旅客CO2排出量(注2)
 

◆ 都市機能の拡散と都市経営

 都市機能の拡散、スプロール化は、単に交通部門からのCO2排出の問題というよりも、より直接的な問題として、行政コストの膨張を招いている。たとえば住民が住んでいれば、行政は上下水道を整備し、学校を作り、ごみの収集を行い、最近ではデイサービスを提供するなど、少なくとも一つの市区町村の中では、可能なかぎり公平な行政サービスを提供しなければならない。同じ人口に対して市街地が拡大すれば、住民1人あたりの公共投資負担はおよそ面積に比例して増大することになる


図4 DID人口密度と行政コストの関係

 図4は、前述の「温暖化まちづくり検討会」第6回で、これから紹介する富山市の森雅志市長が提示したデータであるが、都市施設の維持・更新(除雪、道路清掃、街区公園管理、下水道管渠管理)費用について、人口密度との関係を示したものである。

 市街地の人口密度が40人/ha以下になると、同じ住民数に対する管理すべき面積や距離の割合が増加するので、通常の住民による税負担や料金負担では、行政側が費用の持ち出しになるという限界を示したものである。この40人/haという指標は、まさにDIDの限界とも一致する。また、多くの事例から整理すると、公共交通がぎりぎり独立採算制で存在しうる限界にも一致する。

 

◆ 富山市の都市・交通政策

 このような問題に対応するため、積極的な都市・交通政策を展開している富山市(注3)の事例を紹介したい。富山市は、前述のようにスプロール化した低密度な市街地、自動車交通への高い依存度という問題を有している。最近の合併を除いた旧富山市でも、DID人口密度41.2人/haで、全国の県庁所在都市の中で最下位であった。

 このまま推移すれば、おそらく次回の国勢調査でDIDの基準である40人/haを下回りDIDの存在しない県庁所在地となる可能性すらある。このことが、具体的には次のような問題として出現している。

 そこで富山市では、鉄軌道をはじめとする公共交通を活性化させ、その沿線に居住、商業、業務、文化等の都市の諸機能を集積させることにより、公共交通を軸とした拠点集中型の、いわゆるコンパクトシティを目指す政策を実施している。その施策メニューとして下記のようなものがある。

 この中で「まちなか居住」推進事業の概要は次のとおりである。「都心地区」に指定された436haのエリア内において

 このほか以前から知られている「おでかけバス」の取組みもある。これは、路線バスを利用して、中心市街地への一定エリアで乗降した場合、運賃を100円とするというもので、来街者の増加を図るとともに、高齢者の足を確保し社会参加を促すことで、中心市街地の活性化に寄与することを目的としている。
 またユニークな取組みとして「高齢者運転免許自主返納支援事業」がある。自動車に代わる公共交通機関の乗車券等を助成し、免許を返納しやすい環境を作るものである。有効期間内の全ての運転免許を自主返納する65歳以上の市民に対して、市電・バス共通乗車券、富山ライトレール(後述)IC乗車券、JRオレンジカードなど、公共交通機関乗車券(約2万円相当)を贈呈する。
 こうした取組みの結果、H17-18で中心部の人口が14人増加した。これはわずかな数字のようであるが、それまで一貫して減り続けていた中心部の人口のトレンドを逆転させたことは重要な成果と言える。さらに富山市では、10年間で約7,000人の人口回復をめざしている。

 

◆ 富山ライトレールと好調な実績

 一連の施策の核となる「富山ライトレール」について紹介する。こうした状況のもとで、将来の北陸新幹線延長に関連して、JR西日本の旧富山港線(富山〜岩瀬浜)の廃止問題が浮上し、バス転換する案も検討された。しかし貴重な既存のインフラを再活用できないか検討を重ねた結果、LRT化して活用することになった。この計画のポイントは、単に公共交通を維持する観点だけでなく、前述のような全体計画として、人々が喜んで住み続けられる「まちづくり」と一体化する点である。LRTを整備するとともに、主要駅へのフィーダーバスの運行や、各駅に駐輪場を整備すること等の施策により、面的な交通サービスのレベルアップをめざしていることが特徴である。

 検討の過程では「費用便益分析」が重要な役割を果たした。LRTそのものの採算性だけでなく、利用者に帰属する便益(所要時間の短縮・移動費用の節減)、利用者以外の社会的便益(交通事故や渋滞の低減、環境の改善)なども含めて評価する考え方であり、バス転換に比べて評価期間30年で224億円の便益差があると評価された。

 「富山ライトレール」は、公設民営の考え方で設立された。すなわち、軌道など施設の建設費・維持管理費などインフラ部分を、公共すなわち富山市が負担し、事業者(富山ライトレール)は運賃収入で運営するシステムである。富山ライトレールは、富山市・富山県・民間企業等(県内企業等15社)の出資で設立された。財源の調達にもさまざまな工夫が凝らされている。プロジェクト全体の費用は58億円であるが、富山市の単独助成は13億円にとどまっている。


図5 市街地を走る富山ライトレール
(撮影 宇都宮浄人氏)

 JRの富山港線からの撤退に関連した協力に加えて、国交省の補助スキームで、街路事業費・連続立体交差事業費・LRTシステム整備費補助費、幹線鉄道等活性化事業などを利用している。またLRTの機能を充実させるための関連事業として、街路拡幅と駅前広場、駐輪場の整備にも、街路事業、まちづくり交付金等を活用している。これらは結果的に、道路特定財源を公共交通の整備に活用したものである。
 関係者の話によると、昨年来の豪雪の中、テントを張った下での軌道工事など苦労が多かったというが、2006年4月29日に開業を迎えた。その後の実績は表1に示すように、JR時代と比べて画期的なサービスレベルの向上が、乗客増加に大きく寄与し、計画時の輸送量の目標を上回る成果を挙げている。

表1 富山ライトレールの実績



図6 ライトレールの各駅に整備された駐輪場
(撮影 環境自治体会議)

注1:40人/ha以上の国勢調査区が隣接し、その人口の合計が5,000人以上であるような一連の区域。簡単には「人口密集地」とみてよい。
注2:環境省地球環境研究総合推進費 終了研究成果報告書(2005年) テーマB61より。
注3:2005年4月1日に、上新川郡大山町、同大沢野町、婦負郡婦中町、同八尾町、同山田村、同細入村の6町村を編入した。
注4:LRTとはLight Rail Transit(軽量の軌道公共交通)の略で「新型路面電車」等と呼ばれることもある。ただし車両を新型に置き換えるだけでなく、バスなど他の交通機関との連携など、総合的な都市交通計画の一環としてのシステムがLRTである。
注5:富山港線路面電車化検討委員会「富山港線路面電車化に関する検討報告書」2004年2月。